偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

麻琴がこんなふうに料理をするようになったのは、二十代の頃に手痛い失恋をしたからだ。

それまで周囲の男たちから「高嶺のお姫さま」として崇め奉られてきた麻琴が、初めて、自分から向かっていった恋だった。

見返りがないかもしれないのに、バレンタインの本命チョコもクリスマスプレゼントも誕生日(バースデイ)プレゼントもあげた。
そして、勇気を振り絞って「お礼をください」と催促し、何度かデートもしてもらった。

生まれて初めて、自分から「好きです」と告げた相手だった。

だけど、結局、相手からは「ありがとう」以上の言葉をもらうことができなかった。
それどころか、いきなり現れた(ひと)に、あっという間にかっ(さら)われてしまった。

麻琴はその思いを振り切るために「最後だから」と無理を言って、その男と呑みに行った。

そのとき、酔った勢いで「どうして自分ではダメだったのか」を訊いた。

だが、男は「較べるものじゃないから」とお茶を濁した。

麻琴は質問を変え「彼女のどこに惚れたのか」を尋ねた。

すると、男は間髪入れずに答えた。

「……料理、かな」

普段クールな男の頬が、すっかり緩んでいた。


当時の麻琴の食生活は、ほぼ外食だった。

東京生まれの東京育ちであるが、当時の勤務地が大阪支社で、当たり外れのない店が多かったということもある。家ではインスタントやレトルトのものしかつくったことがなかった。

その後、激務の仕事の合間に、麻琴はクッキングスクールへ通うようになった。
すると、分量と手順を守れば、出来上がりと味にきちっと反映される料理のおもしろさに目覚めた。

今、あの頃よりもますます激務になっていく仕事がありながら、麻琴はクッキングスクールの最上級者クラスを受講している。


……もう、あんな思いだけはしたくない。

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