偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
上座であるテーブルの奥に座っていた、ダークネイビーのスリーピースの人が、タブレットから顔を上げた。
三十代半ばと思われる、前髪をヘアワックスで後ろへ流した黒髪のその人は、今流行りの塩顔で、いかにも仕事のできそうなクールでシャープな雰囲気だった。
……うっわ! めっちゃカッコいいっ‼︎
先刻の山口や石井もなかなかだったが、この人はダントツだ。
それにしても、この会社の男子はレベルが高すぎる。稍は先月まで勤務していた某証券会社本店と較べて、心の中で断言した。
……水島課長や上條課長が本社へ異動するまでは、じゅうぶん「対抗」できたんだけどなぁ。
「MD課、課長の魚住だ。
こいつらのチームは曲者揃いだからな。大変だろうが、がんばってくれよ」
課長の魚住 和哉はそう言って、屈託なく笑った。とたんに、いたずらっ子の少年みたいな笑顔になる。
……うっわ!この人、絶対モテるだろうなぁ。
「や…八木 梢です。
派遣で働くのは初めてで、なにかとご迷惑をかけるとは思いますが、精一杯がんばりますのでよろしくお願いいたします」
稍は課長には四十五度のお辞儀をした。
「へぇ……君、綺麗なお辞儀をするな」
魚住が腕を組んで、感心した声を出す。
ちらりと見えた左手には、薬指にプラチナの指輪が光っていた。
六月に結婚するはずだった稍は、マリッジリングのカタログを取り寄せて、あれこれ検討していた。
……あのカーブのラインから推測すると、カルティエのバレリーナかな?
課長の左手薬指の優美な曲線のデザインを見て思い出した。
『こんなオカマみたいなの、男で似合うヤツいるのかよ。おれはイヤだぜ』
と、婚約者だった野田が拒否ったリングだ。
課長の細長い指にそのバレリーナは、おそろしく似合っていた。ここにいるよ、と稍は思って、思わず噴き出しそうになった。
……既婚者だったか。
役職付きだし、この風貌だ。あたりまえか。
「……そうでしょう?」
なぜか、稍よりも麻琴の方が得意げだ。
「でもね、魚住課長こそ『最敬礼』がすっごくてね。『伝家の宝刀』って呼ばれてるのよ。
機会があれば、ぜひ見るべきね」
「……無駄口を叩いてないで、早く業務についたらどうだ?」
下座になるテーブルの手前に座り、入り口からは背を向けてタブレットを操作していた、ダークグレーのスーツの人から、不機嫌な声が返ってきた。