偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
前方から、ダークブラウンの髪にチャコールグレーのスリーピース姿の長身の男が近づいてきた。同世代と思しき、かなりのイケメンである。
稍と智史の前でぴたりと止まり、恭しく一礼する。
「いらっしゃいませ、青山様、お待ち申し上げておりました」
そして、頭を上げた彼は、稍と智史のがっちりとつながれた「恋人つなぎ」を凝視し、ありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべた。
「うっ……ウソやろ⁉︎」
どうやら、関西出身のようだ。
「すんげぇな……『ややちゃん』の威力」
稍は恥ずかしさのあまり、再度智史の手を振り解こうとしたが、がっちりと握られたまま、びくともしない。
「おまえ、『お待ち申し上げておりました』って二重敬語でも慇懃無礼やのに三重もつけやがって。バカにしてんのか?」
智史は氷点下の声だ。
確かに「お待ちする」「申し上げる」「おる」と怒涛の謙譲語三連発だな、とはるか昔に眠気眼で受けた国文法の授業に記憶をたどって稍は思った。
「ふん、今日はぎょうさん金落としてくれそうやから、丁寧に挨拶したったっていうのに。文法も知らん客には『敬語』なんて、てんこ盛りしたった方が喜びよんねん。
……あ、『ややちゃん』には、そんなこと思ってへんからねー」
にっこりと、王子さまのようなノーブルな面立ちで微笑む。
「おまえ、他人の嫁になる女を気安う呼ぶな」
智史の声の温度がさらに下がる。
「おおっ、怖っ、季節外れのブリザードっ」
そう言って「王子さま」は自分自身を暖めるように抱きしめた。