偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
ソファのある接客のブースに案内される。
稍と智史が横並びで腰を下ろし、対面に小笠原が座った。そこで、ようやく稍は「恋人つなぎ」から「解放」される。
稍の指のUSサイズ四に合わせて、目の前の黒いベルベットのリングホルダーに、キラキラ輝くエンゲージリングがずらりと並べられた。
智史が稍の体型と骨格を話しただけで、小笠原には見当がついたので、予め取り寄せておいたものだ。女性のサイズがわかるのは、彼の特技だった。
「さぁ、どれでもいいぞ。好きなのを選べ」
智史が昔の「お大尽」か「成金」のようなことを言った。
そんなことを言われたら、座り心地のよいソファなのに、急に居心地悪くなる。
……それでなくても「偽装結婚」やのに、こんな高価なものもらえへんよっ⁉︎
ちらりと見える値札にはゼロがいっぱいだ。
「さ……智史」
困惑のあまり揺れる瞳で、稍は智史を見上げた。
「とりあえず、一度つけてごらんになっては?
最初はどなたもお迷いになりますよ」
ティファニーの綺麗な店員さんが、稍に微笑みかけた。
「……うーん、ややちゃん、いいよなぁ、謙虚で。やっぱ青山にはもったいないよ。
おれが連れてくる女の子なんて『あれもこれも持ってきて』って、つけまくりだよー」
小笠原がうんざりした口調で言う。
「御曹司」のイメージを保つためか、関西弁は「封印」している。しかも、名刺に書かれていた彼の肩書きは、この歳にしてすでに【華丸百貨店 営業政策室 室長】だった。
思いがけぬインバウンド需要で潤うデパート業界ではあるが、いつまで続くかわからない。
これからの経営方針を提案して実行していく、まさに「御曹司」として修行の場になるポストだ。
稍たち客と一緒にいる手前、さりげなくではあったが、すれ違う従業員たちはみな彼に恭しく会釈していた。