偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
♧試練♧
その人は、稍の顔を見て息を飲んだ。
「み、みどり?……そんなわけ、ないわよね?」
「みどり」とは稍の母親の名前だった。
どうやら「あの頃」の母親に、今の稍は瓜二つらしい。
「もしかして……稍ちゃん?」
それから、稍の手がわが息子とがっちり「恋人つなぎ」になっているのを見て、目を見開き再び息を飲んだ。
小笠原によって稍と智史は外商部の応接室に案内され、ゆったりとした革張りのソファに並んで腰かけていた。
その対面の一人掛けの方に、その人が腰を下ろす。
「……では、青山部長も来はったことやし、おれは本社に戻るわ」
緊迫した空気をしっかり読んだ小笠原は、そそくさと部屋をあとにしようとする。
「ほな、ややちゃん、がんばってや。
京ことばやったら『お気張りやす』やな?」
稍が京都育ちだということまで知られていた。
「あ、今日はいろいろとお世話かけました」
稍は心を込めて、きれいなお辞儀をした。
「へぇ……ややちゃん、綺麗なお辞儀をするんやなぁ」
小笠原が心底、感心した声になる。
接客業のプロから「お墨付き」をいただいた。
「……みどりから仕込まれたん?」
苦渋に満ちた表情で、その人は稍に尋ねた。
稍は「はい」と短く答えた。
まだ小学生だった稍に「きれいなお辞儀」を教えたのは、母親のみどりだった。