偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
Chapter9
♧追憶♧
その日は月曜日だった。
小学校から帰ってきた稍は、ランドセルを自分の部屋に置くのも、もどかしかった。
去年、妹が生まれたために、念願の「自分の部屋」ができたというのに。
それまでは、おかあさんの寝室で一緒に寝ていた。おとうさんは仕事で帰りが遅いこともあって、引っ越してきて部屋が増えてからは別々に寝ていた。
小学校に上がる前の年に、稍たち一家はそれまでの同じ須磨区にある白川台の公団住宅から、この新築の建売住宅に越してきた。
自分の部屋のピンクの学習机にランドセルを置いた稍は、あわてて外へ飛び出そうとする。
「稍、あわてて転けてケガでもしたら、どうすんの? 気ぃつけなさいやっ」
リビングの奥のキッチンで、お茶の支度をしていたおかあさんの声が飛んでくる。
リビングからは、妹の栞がきゃっ、きゃっ、と笑う声が聞こえる。
最近、掴まり立ちの手を離して、よちよちと歩きはじめたところだ。
「ややちゃん、そんなにあわてやんかて、晩ごはん食べるまで帰らへんから、大丈夫やって」
栞の相手をしていた、聡にいちゃんが笑う。
母であるみどりの弟だから、稍にとっては叔父にあたる人だ。
神戸大学という学校に通う、ものすごーく頭のいい人だと、稍は自分の母から聞かされていた。
いつもは休みの日にしか来ることがないのに、平日なのにめずらしく遊びに来ていた。
なんでも、ここ一週間くらいずっと大学で、ほぼ泊まり込みの実験をしていて、ろくに食事を摂っていなかったらしい。
「うん、わかっとう!」
それでも、稍は元気よく玄関を飛び出す。
……聡にいちゃんが来たこと、さとくんに早よ知らせやなっ!