偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

『……おねえちゃん、(つら)かったなぁ』

栞がしみじみとつぶやいた。

野田と由奈の大阪での一夜のインスタの(くだり)である。

だが……そうだろうか?と稍は思った。

気のおけない同僚だったはずの野田から、
『お互い相手がいないんだったらさ。来年三十五歳にもなるわけだし、つき合ってみるか?』
と言われたとき、長年別居状態だった両親が正式に役所に離婚届を提出した直後だった。

自分も妹も、とうの昔に成人になっている。
宙ぶらりんだった状態から、ようやくケジメをつけられて安堵するところなのに、そうではなかった。

親の前ではいくつになっても「子ども」だった、ということだろうか?

また、三十歳のときにはさほど感じられなかった「焦り」が三十五歳を迎えるにあたって、じわじわと生じてきていた。

女子大出身の稍の友人たちは、子どもがいるいないにかかわらず、みんな結婚していた。
中にはバツイチになったのもいるが、一度は「経験」している者ばかりだ。

このまま、独り「あたりまえ」のことから取り残されて生きていくのに、耐えられるのか?

そんな中、野田からプロポーズされた。

稍は迷って、揺れた。

でも、気がつけば、流されるように承諾してしまっていた。

野田が思いがけず強引だったのもある。
居心地のよかった会社の体制が、がらっと変わったのも背中を押した。
稍はすっかり「自分自身」を見失っていた。

そして、野田と由奈のことが発覚した。

すぐに、稍は婚約を破棄した。

すると、心のどこかで、「間違いを犯さなくて済んだ」という思いが浮かんだ。
正直ホッとしてもいた。

つまり、永らく勤めてきた会社はなくしたけれど……

このまま「お独りさま」まっしぐらになるかもしれないけれど……


……稍はまた「自分自身」を取り戻すことができたのだった。

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