偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

「さぁ、どこから手をつけましょう」と稍は思った。実は、パワーポイントを使うのは初めてだった。前職の証券会社では、入出金伝票を入力するのにパワーポイントなど使わないからだ。

すると、青山がPCを覗き込んできた。

……ち、近いんですけれども。

稍は思わず、()()るように背筋を伸ばした。

だが、青山は構うことなく、昨日言っていたパワーポイントでつくってもらいたい内容を説明しだした。

「ち…ちょっと待ってください」

とても覚えられないので、テーブルの上に置かれてあったメモ帳とペンを手にした。どうやら、まず社員が使い心地を確かめる試作品のようだ。さすが文具メーカーである。

青山は稍のPCで説明してくれるらしい。稍の背後から腕を回してマウスを掴んだ。

これじゃ、もしかして、青山にすっぽり覆われた中で稍はメモを取ってるように見えるのではなかろうか?

しかも、時折「聞いているのか?」と、青山がディスプレイに顔を近づけたまま、稍の方へ振り向くではないか。

ふわっとムスクの香りがやってきた。
稍はムスクのもわっとした匂いが苦手なのだが、この香りは全然嫌ではなかった。さわやかな感じすらした。稍と同じザ・ボディショップのフレグランス、ホワイトムスクだった。

……ちっ、近いんですけれどもっ!

稍はまた仰け反るために、背筋を伸ばそうと思った。

だが、しかし……

この状態で仰け反れば、間違いなく稍の背中が青山の腕に当たる。稍は青山の右隣に座ったことを激しく後悔した。

だが、しかし……

青山はテーブルの一番左に席を取っていたので、
必然的に稍には右隣にしか選択肢はなかった。

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