偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

「ややさん?……どうしたんですか?」

山口も稍の「異変」に気づいたようだ。

……智くんとの「偽装結婚」は十月までだ。

どくっどくっと心臓を打つ鼓動が、稍の耳の中にこだまする。息が、くるしい。

「……お客様、大丈夫ですか?」

杉山も気がついてチェイサーを勧めてくれる。

稍は一口、水を飲む。
だが、胸の動悸はますます激しくなり、息苦しくて(たま)らなくなっていた。

「ややさん、大丈夫ですか?
……少し部屋で(やす)みましょう」

山口は手早く会計を済ませた。

そして、カードキーを胸ポケットに収めた彼は、ぐったりする稍を抱えるようにしてハイスツールから立ち上がった。

……それまで、この人を口止めできさえすれば。

「……お客様、タクシーでもお呼びしましょうか?」

杉山が心配そうに稍に話しかける。

山口が「店の者の分際で邪魔するな」とばかりに鋭く睨んだ。

「大丈夫だから……さぁ、ややさん行きましょう。おれに寄りかかって歩くといいですよ」

杉山はなおも心配げに稍を見たが、そのとき山口の隣の客からも会計を頼まれたため、そちらの応対をすることになった。


……智くんが「本来の仕事」ができるようになるんだったら。

稍は決意した。

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