偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

智史は、電話の主がどうやら山口ではないことに気がついた。声が違う。

「あの……エレベーターの前で倒れた女性って……麻生 稍という名前ではありませんか?」

改まった声で尋ねた。標準語だ。

『あぁ、そうだよ。確かに倒れていた人の名前はその「ややさん」だ』

電話の主がはあっさりと答えた。

智史は息を飲んだ。
みるみるうちに顔が歪んでいく。

「稍が倒れたって……どうして……」

「えっ、その倒れてた女性って、ややちゃんなのっ!?」

麻琴が智史の袖を掴み、揺さぶる。

「……稍は僕の妻です。妻になにがあったんですか?妻は今、どのような状態なんですか?」

いつも冷静沈着な「青山」がその声に焦りを滲ませていた。

『「ややさん」のご主人、心配しなくても大丈夫だよ。奥さんは今ここで静かに横になってるからさ。それから、僕……たまたま居合わせた医者なんだけどね』

「えっ……医者?」

智史が目を見張る。

『そう、医者なんですよ』

電話の向こうにある声には、相手を落ち着かせる響きがあった。


『奥さんは突然、心因性のパニックを起こしたようだね。しばらく(やす)んでいれば落ち着くだろうから、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(S S R I)を投与するほどじゃないし、今日のところは病院に行く必要はないよ』

「医師の説明」に智史は安堵のため息を吐いた。

『……じゃあ、ご主人、とりあえずこっちに来てくれる?あっ、それからさ、フロントで体温計と、あと家庭用のものでいいから血圧計借りてきてよ』

そして、彼はその部屋の番号を智史に伝えた。

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