偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

「……あいつは、ややさんの『夫』なんかじゃない」

先刻(さっき)まで苦しそうにベッドに横たわっていた稍は、今はミネラルウォーターを飲むために、クッションのような大きな枕を背にして座っていた。

山口が稍を抱えるようにしてミネラルウォーターを飲まそうとしたが、それを拒んで稍が自分で飲むためだ。

まだぼんやりとしながらも、一口ずつゆっくりとペットボトルの水を飲む稍を、山口はじっと見つめていた。

「……『偽装』なんだ……入籍もしてないんだ」

自分自身に言い聞かせているようだった。

稍は水を飲むうちに、息苦しさがとれてずいぶん楽になってきた。

電話を切った医者は稍を診るためにベッドに来て、「ちょっと、拝見するよ」と言って下(まぶた)をめくったり、「ちょっと口開けてくれる?」と言って口内を見たりしてから、手首のグランドセイコー スプリングドライブを見ながら脈拍数と呼吸数を測った。

「よかったね、発熱もしてなさそうだし、脈拍も呼吸も整ってきたよ……この分だと血中酸素濃度(S P O2)も大丈夫そうだ」

医者はにっこり微笑んだ。


しばらくして、あわただしくチャイムが鳴った。

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