偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

♧氷解♧


(やや)が静かだ。先刻(さっき)から、一言も発していない。

邪魔者たちはこのホテルのバーへ呑みに行った。

だから、今夜山口が稍を連れ込もうとしてリザーブしていたこの部屋には今、智史(さとふみ)と稍しかいなかった。

「稍……まだしんどいのか?」

智史が稍の顔を覗き込む。

稍は智史との「恋人つなぎ」を振り解き、ぷいっと横を向いた。

「上の服が窮屈かもしれへんな?脱がしたろか?」

……チュニックのどこが窮屈やねん!?

「それより窮屈なのは下着やな?ブラのホックを外したろか?」

……はあぁっ!?

「化粧を落とさなあかんな。風呂に入るか?
せやけど、まだふらつくから一人では危ないぞ。
おれも一緒に入るわ」

……なんでやねんっ!?

稍は思わず振り向いた。

「……稍」

智史はせつなげな瞳で稍を見つめると、きゅううぅっと抱きしめた。

リムレスの眼鏡を外して、完全に「智くん」モードだった。


……せやけど。今こそ、流されたら、あかん。

稍は智史から身体(からだ)を離し、彼を見上げた。

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