偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

石井 大貴は入社した年にいきなり結婚している。
今、隣で十歳になる息子の大翔(ひろと)と並んで立っている華絵(かえ)が妻である。

二人は学生時代、いろんな大学が交流するイベントサークルで知り合った。

華絵はやんごとなき方々を輩出する女子大に幼稚園から通う「お嬢さま」で、典型的な正統派美人だ。

だが、石井が好きになったのは、その美しい外見だけではない。恵まれた環境に甘んじることのない、その生き方だ。


華絵の父親は「日本一給料の高い会社」として学生から超人気の会社の重役だというのに、普通の学生のように就活して、自力で別の会社に就職した。

華絵が社会人一年目で、石井が大学四年生の一年間は、石井にとって筆舌に尽くしがたい「嫉妬」に苛まれた地獄の日々だった。

いつ華絵が、会社で見初められた「オトナの彼」にかっ(さら)われるかもしれないと、気が気でなかった。一日も早く「社会人」として認められるためにと、足繁く従兄の会社に通ったのもそのためだ。

柳のように飄々とした石井のイメージからは、だれも想像できない姿である。華絵すら知らない。


華絵の性格では、絶対に仕事にハマってしまう、と危惧した。そうなると、どこのだれであろうと結婚しないだろう。

だから、デキ婚でもないのに(さすがの石井もそこまでの「鬼畜」ではなかった)社会人になったら、速攻で結婚に持ち込んだのだ。

そして、これまた速攻で大翔を産ませて仕事に復帰させ(華絵はちょうど念願だった広報に異動となった)あとは思うぞんぶん、バリバリ働かせた。すべて、策士・石井の思惑どおりだ。

……ただ、一つだけ、意外だったことがある。

華絵なら結婚しても仕事では旧姓で通すと思っていたのに、あっさりと「石井」に変えたことだ。

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