桜の君と雪の僕。
「まずは塩タンでしょ、あとハラミと上ロース二人前で。あ、あとライスの大。雪人は?何頼む?」
僕を待たずにベルを押して、店員さんにものすごいスピードで注文を頼んでいく香春さん。
いつものことだから慣れてはいるけれど、僕は慌ててメニューに目を通した。
「ライスの大と、キムチください。」
僕も店員さんに注文をすると、店員さんはにこやかにお辞儀をしてその場を離れた。
「もう、春ねえは昔っからせっかちだなあ。」
思わず出た言葉に、僕は慌てて香春さんを見た。
「…その呼び方、久々だね。」
昔から変わらない二重の綺麗な目を少しだけ細めて、香春さんはそう言った。
何故か、少しだけ寂しそうに。
「ごめん、僕も今言ってびっくりした。」
そう謝ると、香春さんは小さく笑った。
僕が高校に入学した頃には、香春さんは既に大学生で。
淡い栗色に髪を染めて、きれいにメイクをした香春さんは、少し遠い存在で。
「春ねえ」と呼ぶことは徐々僕をにこっ恥ずかしい気持ちにさせた。
そして、僕は香春さんを「香春さん」と呼ぶようになった。