桜の君と雪の僕。
「春ねえ」が「香春さん」になっても、香春さんは香春さんで。
香春さんは、僕のことを昔から変わらず名前で呼ぶ。
「雪人がもうすぐ大学生になるなんて、信じられない。」
一番最初に頼んだ塩タンを焼きながら、独り言のように香春さんが言う。
「そりゃあ香春さんはずっと僕のことパシリだと思ってるから。」
僕がそう言うと、香春さんはさっきより大きく笑った。
「そだね、もう誰もアイス買ってきてくれないね。どうしよう、困ったなあ。」
ちっとも困ってない口調で、香春さんはそう言った。
昔から、僕は何故か香春さんに頭が上がらない。
「雪人、アイス買ってきて。」
そう言われると、僕は何故か忠犬のように、どれだけ暑い夏の日でも、どれだけ寒い雪の日でも、アイスを買いに走ってしまう。
塩タンが焼き上がると、香春さんはきちんと手を合わせていただきます、と声に出した。
その行動に、僕は笑ってしまう。
香春さんは、どんなときもいただきますとごちそうさまをかかさない。
…僕も、ひとり暮らしをして、一人でご飯を食べるようになっても、きちんといただきますとごちそうさまを言おう。
香春さんのいただきますを聞きながら、僕は密かに心に決めた。