輪廻ノ空-新選組異聞-
「ひとりで、ごゆるりと」て言うてはりましたわ、と言われ、頷くと懐深くにしまった。

「で、どないでおますか」

山崎さんは、近藤さんと同い年ぐらいだったと思うけど、かなり若く見える。でも、落ち着いて柔らかな風情は若さがあれば出ないような肝の座りっぷりだ。桜餅を口に運びながら、のんびりと言った。

「大変です」

ほぼ全てが黒だった場合、「大変」だと答えることになってた。だから、この一言でわたしの周りの状況は伝わっているのだ。

「でもまだまだです!三日しか経ってません」

学びたいことはたくさんあります、と続けた。

「左様ですか。ええ事です。この倉山も陰ながら見守うとりますさかいに」

「ありがとう」

答えながら、わたしも桜餅を食べた。

桜はもうほころび始めてて。

「まだ早いのですが、花見に付き合ってもらいますよ、倉山」

茶屋を出て、暫く散歩。
大坂からやって来た番頭をすぐに返すのもおかしい。伊木さんに会わないというのも、相手に不信感をもたらす。

だから、伊木さんが西陣から戻る夕方まで花見と京見物。

歩きながら細かな情報は伝えた。

そして池田屋に戻った夕刻。伊木さんとも話をした山崎さんは、来た時と同じように大坂方面に帰って行った。


「ほな風呂つかって来るな」

伊木さんは夕餉の片付いた後、そそくさと立ち上がって階下へと降りて行った。

毎晩こう。

板前さんに聞いたら、昼間のわたしの様子を主や女将さん達に聞いているのだと教えてくれた。

さて。

わたしは着物の上から胸元をおさえた。

沖田さんからの手紙。

ゆっくり取り出して、宛名を眺める。

「蘭殿」

嵐山の出合茶屋で、わたしの名前をお手本に書いてくれたのを思い出す。

愛しさがこみあげてくる。

わたしは逸る気持ちを落ち着けながら、丁寧に文を開いた。
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