輪廻ノ空-新選組異聞-
「けれど、主人が望んでいますから、わたしが板前さんに掛け合って参ります」

わたしが笑顔で返せば返す程、紗英さんは眉間のしわを深くした。

熱くなった方が負けなのは…斬り合いになった時に嫌と言う程学んだ。

熱くなった方は必ず余計な動きをして負けてしまうのだ。



わたしは作った卵粥を伊木さんに食べさせてあげてから、今日は自分が西陣まで足を運びつつ、探索をすると告げた。

でも伊木さんは半身を起こして首を振った。

「あかん」

「何故です」

「危険や」

「単なる町人の、しかもおなごなんですから、自ら頭を突っ込まない限り、危険な事になど巻き込まれません」

やたらと心配そうな顔に答える。

「せやけど、あかん」

「あかん、だけではわかりません」

「西陣あたりまで行くと、三条とは違って人もまばらや。そんな所を蘭のような大女がひとりで歩いていたら目だってしゃあない」

「目立ったとしても、町人の女じゃないですか。無体なことはしませんって」

わたしは更に続けた。

「わたしの中身がバレているなら話は別ですけど」

と言って伊木さんの顔を見つめる。

伊木さんはプイッと顔をそらして起こしていた半身を布団に埋めた。

「何があるかわからん時世や。蘭を大切に思うから心配してるのや」

動揺したように見えたけど…。
拗ねただけのようにも見える。

伊木さんは多分わたしの事をあちこちで暴露してるんだろう。ひとりで外出すれば尾行も付くかも知れない。

でもそれをわたしに気付かれたくないんだ。

躊躇ってるのかな、わたしの扱いに関して。でもキツく止めるのも怪しまれるし、葛藤してるんだろうな。

それ程…伊木さんの中ではわたしの存在も大きいんだ…。


「行くんやったら細心の注意を払って、生きて帰って欲しい」

昨日、紗英さんの心配をしていた時以上に、低く真剣な声。

「わかりました。それじゃあ、正午までには一度必ず戻ります」

「約束やで」

「はい」

わたしは頷いて、伊木さんには「しっかり養生して下さいね」と布団を掛け直してあげて、池田屋を出た。
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