輪廻ノ空-新選組異聞-
夕刻近く。
伊木さんは寝息を立てて寝てしまった。

わたしは階下の様子に聞き耳を立てた。

夕餉の準備が始まっているし、泊り客が多く来る刻限でもあるし、慌ただしい旅籠特有の空気に包まれている様子が伝わってきた。

紗英さんは、伊木さんの治療が始まるのを見届けると、泣き顔を前掛けで拭いながら室を出て行って…。その後はどうした事が一度も顔を見せなかったけど…。まぁ、わたしがいるんだし…伊木さんに告げ口でもされていれば、伊木さんが怒ってしまうとか…そう思って訪ねて来難いんだろう。

わたしは、慌ただしさに紛れて室を出た。正面の階段ではなく、奥の階段で下に下りる。紗英さんを視線だけで探しつつ、怪しまれないよう、とりあえず厠に入った。

いないなぁ…。

呟きながら、立ち尽くす。

と、ボソボソとした話し声に気付く。

「で、お前はどうしたいんじゃ?一番正直な己の気持ちに従えばええじゃろう」

関口…、もとい、吉田という長州の志士の声だ。

「うちは…あんな壬生狼の犬を引き入れるような八郎はんの策に協力などしとうおへん」

紗英さん…!?

「じゃが…おなごの形はしちょるが…おのこじゃろう。そんな嫉妬するような事か」

「男はんは簡単に衆道に走ります。八郎はんかって…あないに怪我するんわかっていて、あの犬を自分のものにしたいがために、策を労したんどすえ」

自分の好意を知っていながら、そこまで身体を張って、同情引いてまで…あのおなごの形した犬を…と言う言葉を聞いた瞬間衝撃が走った。
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