輪廻ノ空-新選組異聞-
「あとちっとの我慢だ。頑張んな」

男だろ、と小声で付け足され、バシバシと背を叩かれて、シャキンと背筋を伸ばした。

「ハイ!!」


取り敢えずわたしは、伊庭さんに、八坂さんから貰ってきたなおらいの入った陶器の容器を渡した。

「これは八坂さんで頂いてきたなおらいです。紗英さんに命を狙われていて、池田屋の中には怖くて入れず困っているから、伊庭さんに託したのだと言って下さい」

そうすれば、簡単に降りてきてくれると思います。と告げた。

騙すのと同じだけど…。

心苦しいけど…。

許せないと思っているのも本当だから。

わたしの中で揺れ動くものを感じたのか、伊庭さんはわたしの頭を軽く叩いて。

「己の誠を信じるんだ」

わたしは頷いて、なおらいを改めてしっかりと伊庭さんの手の中に渡した。

「お願いします」

わたしを狙っていた浪士の姿はない。伊庭さんを見て逃げ出したのかな。さっき酔っ払いを追い払った気迫は凄かったもの!

お茶屋さんに着くか着かないかの所で山崎さんが昨日と同じ番頭さんの格好で小走りに迎えにきてくれた。

「ありがとうございます」

嬉しくてお礼を言いながら、沖田さんと土方さんの姿を探す。

「旦那はんがたは少し離れた所にいてはります」

店内に向けていた視線を、振り返らせ、三条通を挟んで斜め北側の池田屋の方を見る。

伊庭さんが入っていく背中が見えた。
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