輪廻ノ空-新選組異聞-
「馬鹿」

と、超小声で、わたしの背後にいた土方さんがわたしの背中を小突いてきた。

引っ掛け!?

と、思ったのだけど、伊木さんはわたしには一瞥もくれず言葉を継いだ。

「初日の夜、ぎりぎりまで眠らんとこうとしとった蘭が、精魂尽きて寝てしもうてから」

悪戯と、出来心でわたしの布団の上に乗ったという。

確かに、翌朝重くて目が覚めた。でも屯所でも寝相悪いし、転がってきたのかと思ってたよ!!

にしても…布団の上から分かる!?

「華奢で肩もないしな…」

一応経験は豊富なんや、すぐ違いなんか分かるで、と、そこでわたしの顔を漸く見た。

「で、余計にお前を新選組から抜けさしたい思たんや」

自嘲的に鼻で笑って、顔を逸らした。

そこに身形を武家のものに改めた山崎さんがやって来て、沖田さんら縄を受け取って。手の空いた沖田さんが、そっと私の隣に来た。

「情を挟むのはいけないな。あなたの立場の誠を貫くなら、鬼になっちまわないと」

沖田さんが淡々と言葉を紡いだ。

「密偵は一番厳しい役目だ。あなたが恋情に溺れて捕まった事により、どれだけ仲間に迷惑がかかっちまうか」

それを第一に考えなくては、蘭のように、と。

沖田さん…。

嬉しいのと同時に、ちゃんと役儀を果たせたのだという事がこみあがってきて、少し安堵で気が抜けて、足がガクガクしてきた。

「しゃんとしなさい」

沖田さんが気付いて、私の背を叩いてビシッと気合いをかけてくれた。

「はい!!」

屯所に戻って、局長の近藤先生達に復命するまでは終わりじゃないんだ。

わたしは姿勢を正して歩いた。
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