輪廻ノ空-新選組異聞-
屯所に着くと、わたしはおなごの身形だから、屯所の本体となってる前川邸には行かず、所属する一番隊の長、沖田さんに付き添われて八木邸に入った。

「着替えが用意してありますから、手早く着替えて復命しなくてはいけません」

奥まった一室。障子を閉じて告げられた言葉にわたしは慌てて頷いて。

「わかりました」

言って帯に手を掛けた。

…………。

「あの、沖田さん?」

見られていては恥ずかしいと、振り返って背後に立つ沖田さんに声を掛けようとしたら…

「動かないで」

「は」

はい、と答えかけたわたしの肩を押し止めて、何かよく分からない感触が頭に小さくあって、次の瞬間には沖田さんに背中から抱き締められてた。

「…っ!」

胸の前に回された腕。
力がこもって。

「無事で良かった…っ。しかもこんなに早く」

少しかすれた声が耳元でして、わたしは帰って来たのだと実感が湧いてきて、沖田さんの腕に自分の手を重ねて。

「はい…。お文、ありがとうございました」

「あ…」

それは、と沖田さんは少し体を離して。

「書いたばかりだし、気恥ずかしいな」

苦笑の混じった声。

「さあ、しっかりしろとあなたを励まし、着替えを急かした私がこんな事ではいけないな」

沖田さんは言ってから腕を解いて。室に置かれていた鏡台の鏡の覆い布を上げて、鏡を出した。

「あなたは…とても美しくて、私には勿体ないな」

と、わたしを鏡の前に立たせた。

「ああ、良かった。似合っています」

「?」

鏡の中で沖田さんと目があって、そして笑みの向けられた先、わたしの髷に…

「この簪(かんざし)…っ」

山崎さんと落ち合う前、時間つぶしに見ていたお店で、欲しかったけど諦めた、珊瑚の桜の形の簪だった。
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