輪廻ノ空-新選組異聞-
処断の日は、申し開きはないと答えた伊木さんの態度もあって、翌日である今日となった。

大阪にいる家族との別れや、恋人との別れ、死に臨んで何かしておきたい事を完了させる時間は貰えたのに、未練はないと、文だけをそれぞれに書いて終わりだった。


「腕を磨く暇をくれないんですね」

申し渡しの場で、思わず苦笑混じりに出た。

「すまんな、お前が介錯役受けてくれたさかい、未練がのうなって、さっさとこの世に見切りをつけとうなったんや」

伊木さんは世間話をするようなノリで答えた。

「そうですか。わかりました」

精一杯務めさせて貰いますといった、わたしたちのやり取りを、土方さんも近藤先生も驚いたように見ていた。


昨日からの一夜、伊木さんはどんな気持ちで過ごしたんだろう。

わたしは…やっぱり眠れなくて。緊張なのか、恐れなのか、考えると気分が悪くなるぐらいで。

情けないったらね!!

手順は、沖田さんからさっき教えて貰った。

切腹人は白の単衣に浅葱色の裃を着ける。そして、最後の食事である湯漬けと漬け物三切れなどを摂って、お酒を少量飲む。そして、いよいよ三方に乗せられた短刀が運ばれてきて、検分役の前で切腹に取りかかるそうだ。

わたしは、三方が運ばれてきたところで、伊木さんの前で名乗りをして一礼。後ろに回る。

抜き身の太刀に清めの水をかけて貰って、八双に構えるのが作法らしい。

八双の構え…。

慣れない構えではしくじる、と昨夜…巻き藁で繰り返し据え斬りの稽古をした。

最初は八双に構えても…斬り下げる時は、斜めの青眼にしなくては…うまくいかなかった。

稽古をしているうちに…勝手に涙が出てた。

伊木さんの首を刎ねる練習なのだから…。


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