輪廻ノ空-新選組異聞-
「手!手を伸ばしてっ」

かなり近くまで流れてきた坊やに手を一杯に伸ばしながら叫ぶ。

川底が深くなって、ここでは長身のわたしもさすがに流されそう。

河原から飛び込んだ人は着々と近付いてきていて。

少し無茶をしても大丈夫かも、と、思い切って坊やに飛びつくみたいにして、川底を蹴って捕まえに行った。

ドスンと衝撃がきて、坊やはわたしの腕の中に収まった。

途端に凄い力でしがみついてくる。

「ぎゃー!!ちょっ、そんなにしたらわたしまで…っ」

水が口に入る。

泳ぎは得意なのに、しがみつかれて、身動き出来ず。流されている事に気付いた時、沖田さんの顔が浮かんだ。

わたしの朝が早かったから、出掛ける時、沖田さんは井戸端で歯磨きをしていた。

「行ってらっしゃい。夕方壬生寺で」

手を休めて見送ってくれた。

あれが最後の姿になるなら、もっとしっかり瞼に焼き付けておけば良かった。

走馬灯は人生の全部が浮かぶって言うけど、この幕末に来てからのことしか浮かばなかった。

父さん、母さん、おじいちゃん、おばあちゃん…ごめん!


「っわ!」

坊やを手放さないように、しっかり抱きしめながら流されてた筈のわたしの体が急に止まった。

「諦めるんは、まだ早いちや」

しっかり回された腕は、力強く、さっき河原から飛び込んできた浪人の人だと分かった。

「おんしも手ぇだけでも水掻いて、蟹歩きしとーせ!」

川岸が近いから右じゃ、と、グングン進む。わたしも我に返って水を片手で掻きながら、それに倣った。
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