輪廻ノ空-新選組異聞-
「で」

と、何かを言いかけた坂本さんの背後で絶叫が。

「壱兵衛ーっっ」

「母上~っ」

坊やも弾かれたような勢いで駆け寄ってきまた女の人のところに駆けて行った。




呉服問屋の一人息子という壱兵衛の母親と手代に連れられて、主人と番頭さん含めた面々に盛大にお礼とお詫びでもてなされたわたしと坂本さん。

刀が心配だから帰ると言うわたしに、主人は見事な新しい刀を渡して、愛刀は刀剣屋さんに修理に出してくれてしまった。

無断で戻りが遅いと、上司に叱られると訴えて、どうにか解放されたのが六ツ半。夏が近くてまだ明るいとは言え、戻る予定の一刻…だいたい2時間ぐらいは余裕で過ぎてた。

主人は早駕籠を仕立ててくれて、わたしの上司宛てに遅刻の理由を書いた文までくれて。

恐縮するわたしの横で坂本さんが

「そんだけ、こん店の為の働きが出来たちゅうことじゃ。恐縮しちょったら逆に困るぜよ~。礼を言うて笑顔で受けとけばええながじゃ」

とわたしの背をバシバシ叩いた。

「は、はぁ」

「そうどすえ」

主人も笑顔で坂本さんに同調する。

では、とわたしはどうにか平静になって。

「壱兵衛くんは水も飲んでますし、濡れましたから、どうかお大事に」

では失礼致します、と駕籠に乗り込み、坂本さんにも一礼して屯所への帰路についた。

土方さん…カンカンだろうなー…。
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