輪廻ノ空-新選組異聞-
「武田先生!」

自分から呼び止めたこともない、武田観柳斉という坊さんみたいな名前と頭をした古参で幹部を探して声を掛けた。

ひとえに、今日の明保野亭での顛末を聞きたかったから。

男色流行の大元な武田さん…。

ニコニコして近付いてきた。

「何用だ?初めてではないか、お主から声を掛けて参るとは」

「き、今日の顛末を伺いたく」

一歩引きながら答える。

「お聞かせ願えませんか」

と、失礼にならないように畳み掛けると、頷いて話してくれた。

「不逞の輩が数名いたので、藩名を聞くため上がったのだがな、物も言わずに逃げ出しおった」

そこで脅かすつもりで抜刀しながら追い掛けた。会津の隊士たちは抜刀はしていなかったが、名乗れと執拗に追い掛けたという。

で、ひとりに追いつき、捕まえたが、無言の抵抗で振り切って走り出した。

「それを、柴が足止め程度になるよう、斬り下げた」

斬られて漸く、逃げ出した浪士は名乗った。

「土佐藩 浅田時次郎」

長州藩士ではなく佐幕派の巨魁、山内公の土佐藩士を斬ったとなれば問題なのだと武田さんはため息をついた。

「ん?土佐藩は攘夷派では?」

坂本さんとか、池田屋で亡くなった浪士の中にも土佐の浪士とかいたけど、と疑問を口にしたら、小馬鹿にしたように鼻で笑われた。

「山内公は外様ではあっても幕府への忠義はあつい。しかし大藩のひとつだけに、下っ端の行動まで御せぬのだろう」

斬られた浅田は命に関わる傷ではなく、名乗らなかった上、逃げ出す態度は士道不覚悟。柴の行動に罪の欠片もなく、寧ろ冷静に対処したのだから、咎めは受けない筈。

滔々と述べられ、少しホッとした。

わたしは武田さんに
礼を言って離れようと…して…

手を掴まれた。

「あっ、あの」

「散々喋らせて、それだけか?」

「は?」

「礼としてひとつ…」

体を寄せられて、手を掴まれたまま後ずさる。

「沖田の手管は良いか?」

「……は?」


テクダって何?

「道場では鬼、普段は初な素振りでおるくせに、お主をよがらせるのであろう?」

さすがに何を聞かれているか分かって赤面した。

「教えません!馬鹿ですか!?」
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