輪廻ノ空-新選組異聞-
空きっ腹に食べたご飯は、すっごく美味しいはずなんだけど、殆ど味わえなかった。普通に会話して、普通に過ごしてるだけなのに、これから先を考えると、ドキドキし過ぎて。

沖田さんは余裕があるように見える。

剣術一辺倒だと言っていたし、男女の…身体を繋ぐ行為はしたことないって…言ってたけど…。

本当は…もしかして…経験あるのかな……。こういう状況。


「お湯も沸いてますえ」

お膳を下げにきた女将が、ついでに手拭いを持ってきて勧めてくれた。

「あ、沖田さん。先にどうぞ」

私は女将の片づけを手伝いながら言って、笑顔を向けた。強張ってないといいけど…。

「そうですか。では先に頂きますね」

沖田さんは手拭いを手にすると立ち上がった。

「浴衣はお風呂の所に用意さしてもろてますえ」

「はい、ありがとう」

沖田さんは女将の言葉を背中で聞きながらスタスタと出ていった。

「ほな、明日の朝餉はどないしやはります?」

わたしはちょっと考えて…。

朝7時ぐらいって何刻だったけ…。

「む、六つ半でお願いします」

「わかりました。ほな、他のお客はんもありまへん。明朝までごゆるりお過ごしやす」

女将は含み笑いみたいな笑顔になると、お膳を持って出ていった。

「はぁあ〜〜」

緊張から解き放たれた私は、畳の上に身体を横倒しに寝転がった。

「普通に、普通に。意識し過ぎだ、わたし」

あ、そうだ。と私は端に寄せていた卓袱台を室の真ん中に引っ張ってきた。
自分の名前ぐらい、筆でサラサラ〜っと書きたい。だから練習しようと思いつつ…屯所では不審に思われるから出来ないんだよね。近藤さんも土方さんも、そして沖田さんも凄い達筆。なのに私がヘロヘロなんておかしすぎる。

イッチョマエに持っている矢立を私も取り出して、筆を持って、懐から出した懐紙に手習いを始める。


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