BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
 月穂がムッとすることなく優しく目を細め続けて言うものだから、祥真は引っ込みがつかなくなったようだ。
 
「こっちは毎回数百人の命を預かって仕事をしている。ここで少し話したくらいで気分転換できるようなものじゃない」

 理由はわからなくても、祥真のきつい口調から、彼が苛立っていることは明確だった。
 それでも月穂は嫌な顔ひとつせず、今日一番の柔らかな表情を見せた。

「あの日。あなたが私をニューヨークへ連れて行ってくれたんですね。ロサンゼルス行きの機内アナウンスで、副操縦士の名前を紹介されているのが耳に残っていました」

 突然言われたことに、祥真は目を見開く。

 祥真は、自分の棘のある言葉に月穂が落ち込んだり、立腹したり……もしくは、涙を浮かべるだろうかと想像していたのだろう。
 そんな予想を裏切り、月穂が穏やかに笑うものだから、祥真は困惑した表情を浮かべていた。

「隼という名前がとても印象的だったんです。ハヤブサのように飛行機を飛ばすのかな……なんて想像してしまって」

 月穂は目を伏せ、約一か月前のことを思い出す。

「あのとき、ホテルで声をかけてくださって……。リトルトーキョーにあなたがいてくれて、本当に私は幸運でした」

(じゃなきゃ、今、私はきっとここにいない)

 閉じた瞼の裏に、祥真と出会った日のことがありありと蘇る。

「ずっと、お礼を言いたかったんです。ありがとうございました」

 いつしか仕事を忘れ、私情に突き動かされていた。しかし、そのことに月穂は自分で気がついていない。
 祥真は急に感情豊かに話し出す月穂にどぎまぎとしていた。

「いや……。あの街にある寿司屋に知り合いがいるから、たまたま……」
「そうだったんですね。では、その方にも感謝しなければ」

 直後、祥真はいきなりソファから立ち上がる。

「隼さん?」
「もう戻る」

 祥真はひとこと答え、顔も見ずにドアへ足を向ける。月穂は慌てて席を立ち、祥真に声をかけた。

「今日も一日お疲れ様でした。貴重なお時間いただきまして、ありがとうございます」

 下げた頭を戻すと、祥真がなにか言いたげな瞳をしている。けれども、祥真はそのまま部屋を出ていってしまった。
< 27 / 166 >

この作品をシェア

pagetop