BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
「こちらに失礼してもよろしいですか?」

 お茶を出した月穂は、いつもならばクライアントと向かい合って座るのだが、今回は出入り口側に椅子を移動した。

「気を遣わせて済まないね」

 小田は申し訳なさそうに力なく笑い、小さなため息をついた。

「今も右耳はほとんど聞こえないんだ」

 彼の告白に吃驚することはなかった。それについてはすでに社から提供された情報に記載されていることだったからだ。

 機長という役職である小田だが、現在休職して半年が経つ。理由は本人が述べた通り、片耳の聴力がほぼ失われているため。パイロットは半年に一度、厳しい身体検査を受け、それに適合しなければ操縦席には座れない。

「主治医はなんとおっしゃっているんですか?」
「精神的な問題だ、と」

 彼は医者からストレスなどによる突発性難聴と診断されていた。

 もしかすると数日後に聴力が回復しているかもしれないし、ずっとこのままかもしれない。

 そんな宙ぶらりんの状態が、さらに小田の神経をすり減らしているようだった。

「お薬の効果はどうでしょう」
「少し前から病院に行くのもやめた。散々待たされた挙句、医者との面談は数分でいつもと同じ薬を処方して経過観察。意味がないとしか思えなくて」
「なるほど……」

 カウンセリングをしていると、医者への信用が薄れているクライアントはちょくちょく見られる。それに対し、月穂の立場からは当然医者を批判することも、クライアントに我慢を強いることもできない。

 聞くことが仕事。……とはいえ、こういう話の流れでは、いつもやるせない気持ちになる。

 ふと小田を見た。無意識なのだろう。彼はまた空を眺めている。

(隼さんと同じ。やっぱりパイロットって空に意識を奪われる人が多いのかな)

 ここでもやはり祥真を思うと、自然と笑顔になった。
< 29 / 166 >

この作品をシェア

pagetop