BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
「今日は一日天気がよかったですね」

 月穂が他愛ない話題を口にすると、小田は肩の力が抜けたように背もたれに寄りかかる。そして紺碧を仰ぎ、どこか弱々しい声でつぶやく。

「ああ。風もなくて、絶好のフライト日和だ」

 まるで時が止まったように、部屋は静まり返る。程なくして、小田が再び口を開いた。

「今まであの青々とした空の中にいたはずが、空の下に立っているとこれまでとは別世界にいるように思える。音が遠いとなおさら」

 表情は笑っていても、心が泣いている。それがわかるから、月穂はかける言葉がすぐには思いつかない。

「操縦席に着き、気圧の変化で耳が一時的にぼんやりとする感覚に似てはいるが……今自分が立っている場所はあまりに違いすぎる」

 パイロットは簡単に気分転換できるような仕事じゃない、とつい最近祥真が言っていた。

 だとするならば、目の前の小田もまた同じ。
 機長という重責の中、プライドを持って就航していたはずだ。だったらなおさらに、パイロットという職から離れることなど考えられないだろう。

(私に病気は治せない。でも)

 一緒に『つらい』と嘆くことよりも、その先に意識を向けるような僅かな光をともに見つけることに専念したいと月穂は思う。

「では、空から地上に降りたこの少しの間だけ、いつもと違う景色を眺めて散歩をするというのはいかがですか?」

 月穂が穏やかな表情で提案すると、小田は目を丸くした。

「少しの間……」
「はい。道中お疲れになりましたら、遠慮なくこちらへ立ち寄ってください。そのときは、とびきり美味しいお茶を用意しますね」
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