BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
 月穂は目を泳がせた先の電光掲示板を見て、まもなく電車が来るとわかり、気持ちが焦る。

 この場から逃れる手段を考えていると、男が背中に手を回してきた。困惑していたとき、足元に黒いフライトケースが止まったことに気がついた。

「She is mine.Go away!」

 その英語に顔を上げると、そこに立っていたのは祥真だった。

 彼は言葉と同時に月穂の腕を引っ張り、男から助けてくれた。月穂はただ信じられない思いで、隣に立つ祥真を見つめる。

 そこに電車がやってきて、しつこかった男はそそくさと車両に乗り込んでいった。月穂は祥真とふたりでホームに残り、その電車を見送った。

 一瞬静かになったホームに立つ月穂は、ほっと胸を撫で下ろした。次に祥真を見ると、目を吊り上げていて驚いた。

「今は仕事じゃないんだから、大人しく相手の話を聞く必要なんてないだろう!」

 怒気を含んだ声に、月穂は委縮する。咄嗟の出来事に声も出なく、涙目でこくこくと頷くのがやっとだ。
 月穂が俯いていると、祥真の大きなため息が聞こえてくる。

(私、ロスでも日本でも同じようなことを繰り返して迷惑かけてる)

 時間が経つにつれ、徐々に冷静になってくる。

 祥真への度重なる迷惑に、気まずい思いで顔を上げられない。すると突然、祥真に左手を握られた。

「あの男はこの辺でよく観光客装って声かけてるんだよ。どう見ても胡散臭かっただろ。職業柄なのかもしれないけど、おっとりしすぎ。見てるこっちがハラハラする」

 祥真は呆れ声で言うけれど手は温かい。月穂はどぎまぎとしつつ、彼の手をほんの少し握り返した。

「隼さんには助けられてばかりですね」
「……前も今も、たまたま居合わせただけだから」
「それでも、ありがとうございます」

 彼はまっすぐ前を向いていて、目が合うことはなかった。
 月穂は徐々に俯いていき、足元まで視線が落ちていく。
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