BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
「おい。大丈夫か?」

 先ほどとは打って変わり、柔らかな声で心配されると、月穂はその場にへたり込んでしまった。
 彼が慌てて差し伸べた手に、月穂は右手をゆっくり重ねる。そこで初めて、自分の手が小さく震えていることに気がつく。

(……本当に怖かった。助かってよかった)

 彼の手に触れ、改めてその温もりに安心感を覚えた。

「で? 行きたいところには行けた?」

 彼は月穂の身体をゆっくり引き上げる。月穂は立ち上がり、無言で一度頷いた。

「そう。じゃあ帰るぞ」

 すると、当たり前のように月穂の手を取り、歩き出した。

 数分前、走って逃げたときにも手を繋いでいたけれど、あのときは無我夢中で逃げること以外にはなにも考えられなかった。
 けれども、今度は別の緊張で手が震えそうだ。月穂は彼の手を軽く握り返すことで、手の震えをごまかした。

「観光してたってことは、行きたいところへは行けたんだ」

 彼は空を見上げ、緊張を和らげるような優しい声色で言った。

「はい。やっぱり勇気を出して来てよかったと思います。絶対に私の人生の幅が広がった。いい経験になりました」

 月穂は、今は自分にとっての転機かもしれないと考え、今回思い切って行動し、ロサンゼルスに来た。
 そして、それは確実に自分にプラスの経験となったと感じている。

 すると突然、彼が笑った。

「あんな怖い目に遭った直後なのに、それを忘れて満足そうな顔で『いい経験になった』だなんてすごいな」
「あ……」
「まあ、これもある意味いい経験だったか」

 彼の指摘はもっともで、本来なら今頃後悔しているどころか、どうなっていたかわからない。
 今、笑っていられるのは彼のおかげなのだと思い出した。

 しかし、あまりに彼が可笑しそうにするものだから、月穂は思わず頬を膨らませた。

「も、もう変なところで好奇を持ったりしませんから!」

 その後、ふたりはタクシーに乗り、会話は途切れた。
 月穂はホッとしたせいか、気づけば車内で眠ってしまっていた。
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