BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
 ――約一か月後。

「大和さん、午後からは東病棟の入院患者さんを回ってもらえる?」
「わかりました」

 月穂は白衣に袖を通して笑顔で答えた。

 四月になる直前、運良くすぐに就職先が決まった。
 契約社員のようなものだが、院内で臨床心理士として貢献する仕事に就くことができた。病床数が三百以上ある大きな病院のため、毎日多忙だ。

 それでも、自分が望んだ仕事なので前向きに頑張ることができる。
 勤め始めて半月が過ぎ、勉強に追われる日々ではあるが、弱音を吐くこともない。

 毎日時間に追われて過ごしていたが、ときどき、一か月前のことは思い出していた。

 ロサンゼルスでのあの日。ホテルまで一緒に帰ってくれた彼とは、あれきり。
 月穂は名前も年齢も出身地も、なにひとつ聞かなかった。

 翌日以降も、ホテルのロビーを通るたび彼の姿を探してみたけれど、見つけられなかった。

 まるで夢だとすら思った。たった一日だけの幻のような人だった、と。

 今でも、もう一度会ってみたいと思うのは、思い出を美化して浸っているだけだろう。もっと言えば、彼と手を繋いで感じたときめきも、吊り橋効果というやつに違いない。

 そう客観的に自分の心を分析するものの、彼の記憶は薄まるどころか鮮明なまま。

(だってあのとき、私、自分のことをちゃんと彼に話すことができてた)

 月穂は子どもの頃から、自分の気持ちを人に伝えることが極端に苦手だ。
 それなのに、あの日彼に『勇気を出して渡米してよかった』ということをすんなりと伝えることができた。

(日本じゃなく海外にいたから、解放的な気分になったとか?)

「あっ。大和さーん! ちょっといいですか?」

 考え事をしながら病棟を移動しているところに声をかけられ、振り返る。そこには、ロイヤルブルーのスクラブ白衣を着た須田乃々(すだのの)がいた。
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