今宵は遣らずの雨

ただ一夜だけ、契りを交わしたあの日、袴姿で門のところに立っていた民部はまだ、二十代の青年の面影を残していた。

あれから数年経った今、着流し姿の民部はすっかり三十代の貫禄を身につけていた。

ということは。

小夜里もまた、二十二だったあの頃の、まだ娘の名残をとどめていた自分ではない。

三十になった今、自分の稼ぎで一人の子を養っていかねばならぬ、(たくま)しい「母親」になっていた。

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