今宵は遣らずの雨
「湯屋へ行った帰りに、確かこの辺りだったなと思うて寄ったのだが……腹が減ったな」
民部は呟いた。
「なにか喰わせてくれ」
そう云って、土間で雪駄を脱ぎ、畳に上がる。
為すすべもなくぼんやりと佇んでいた小夜里であったが、はっ、として正気に戻る。
「……あ、あのっ、もしっ……民部さまっ」
勝手知ったる家とばかりに、民部はすたすたと奥へ歩いて行く。
「おれを覚えておったな」
民部は一瞬だけ振り向いて、にやりと笑った。
そして、座敷へ入って行ってしまった。
「……あのお方も、足を洗わずに畳の上に」
小夜里は青筋の立つ顳顬に手を当てた。