今宵は遣らずの雨
「こなたに来て、おまえもこれを喰え」
座敷に戻った小夜里に、民部が使っていた箸を差し出す。
「おなごが殿方と一緒にいただくなど、どうしてできましょうぞ。しかも、同じ箸で」
小夜里は驚いて云った。
おみつが小夜里のために用意したものを供したため、仕方なく小夜里の箱膳であるが、本来ならば自分の箱膳を人に使わせるのは以ての外である。
それに、武家や商家などでは、うちの中で男女が同じ部屋で食すことはないし、献立も男の方が品数が多く豪華だ。
そして、小太郎も既にそのように扱っている。
「おれは生まれてから物心がつくまで百姓家に里子に出されていたから、気にはせぬのだがな」
民部は平然と云った。
「だから、幼名は万吉だ。武家の子とは思えん名だろう?」
そう云って、声を上げて笑った。
……あの夜逢ったお方は、このようなお人であったであろうか。