今宵は遣らずの雨
食したあと、小夜里が淹れ直した茶を受け取りながら、ようやく男が事の次第を語り始めた。
男は民部と名乗った。たぶん姓であろう。
家督を継ぐことを許されぬ武家の三男坊に生まれた民部は、十代の終わりに江戸へ出て剣術道場へ入門した。
国許では腕に少々自信があったが、諸国から猛者たちが集う江戸ではやはり苦労の連続だった。
しかし、それにも耐えて腕を磨き、この度ようやく修行を終えて帰ってきたと云う。
道理で見慣れぬ顔だと小夜里は得心した。
かれこれ十年ぶりの国許はなにを見るにも懐かしく、ついつい町家の方まで足を伸ばしてしまったそうだ。
そして、この雨に遭った。