今宵は遣らずの雨
「……小夜里、おれの名は民部ではない」
目の前のお人が厳かに告げた。
小夜里は肯いた。
「知っておったのか」
目が少し、見開かれる。
小夜里は首を振った。
「旦那さまがどなたであるかは存じておりませぬが、本当の御名は違うような気がしてござったゆえ」
「母方の『間宮』を名乗ろうかとも思うたのだが……だが『民部』もまったくの嘘の名というわけではない」
そう云って、ふっ、と笑った。
「江戸では『浅野 民部』と呼ばれておった」
小夜里の目が、これ以上もなく見開かれる。
この藩の出自で「浅野」の姓を名乗れるのは……