今宵は遣らずの雨
差し出された猪口を男が左手で取ると、小夜里はそこへ地酒を注いだ。
そして、民部は仰ぎながらくっとそれを空けた。喉仏が上下に動く。
それから、民部は呑み干した猪口を見つめ、満足げに微笑んだ。
「……この地で穫れたお米からできておるゆえ、お味が懐かしゅうござりましょう」
小夜里はそう云いながら、もう一献注いだ。
「誠にさようでござるな……懐かしい味じゃ」
民部は目を細めた。
しかし、その直後にはっとした顔になって、
「無礼仕った。おぬしも、一献」
と云って、ぱっぱっと振った猪口を小夜里に差し出した。
そして、酒の入った徳利を小夜里に向かって傾けた。
武家のおなごの身で人前で呑むとは、とも思ったが、断る方が逆に礼を失すると思い直し、小夜里は猪口を両手で捧げ持った。
民部に注がれた酒を、小夜里はゆっくりと口に含んだ。
甘くてふんわりと軽い味が、口の中に拡がる。
これならおなごの自分でも呑める、と思った矢先、どんっと手応えのあるその地酒の本来の重くて深い味が、小夜里を襲った。
民部は酒が強いのかして、こともなげに杯を重ねていく。
知らぬ間に、夜も更けていく。