今宵は遣らずの雨

「では、おれと一緒に江戸へ出立(しゅったつ)してくれるのだな」

夜来より、宮内少輔が幾度も訊いていた。

だが、一向に小夜里が色よい返事をせぬので、その度に身体(からだ)で云うことを聞かせようとしていたのだ。


「藩主と云うても、たかだか三万石の貧乏大名だ……小夜里、おれを江戸で支えてくれぬか」

その合間には小夜里を見つめて、せつせつと懇願もしていた。


小夜里こそ、宮内少輔のためなら、生まれてから一度も離れたことのない郷里をきっぱり捨ててでも、たとえ地の果てまでもついて行きたかった。

「旦那さまともあろうお方なら、わたくしでなくとも、もっとふさわしいおなごが……」

その度に小夜里の口から漏れる言葉である。


……それにしても、おみつはなぜまだ参らぬのであろう。

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