今宵は遣らずの雨
「鍋二郎、おまえの母に云うてくれ。江戸には行かぬ、と強情を張っておる」
……鍋二郎?
「母上、この期に及んでそんな我が儘をおっしゃるか。母上はこの鍋二郎が父上の跡を継いで、次代の安芸広島新田藩主になるのを阻まれるおつもりか。それは、あまりにも無体でござるよ」
なぜか、小太郎まで「鍋二郎」と云っている。
「……小太郎、なにを訳のわからぬことを云うておる。それに、そなたは『こたろう』ではないか。親からもろうた名を打ち捨て『なべじろう』などという、そんな妙ちくりんな名を騙るとは、母は情けのうござりまするぞ」
気を取り直して、小夜里は我が子を窘めた。
「妙ちくりんで悪うござったな。
……其の名は我が兄、当代安芸広島藩主の浅野 安芸守が名付けたものであるぞ」
宮内少輔が苦虫を噛み潰したような面持ちで、唸るように云った。
玄丞も神妙な顔をしている。
小夜里の背に、冷たい汗が一筋流れた。
……なにゆえに御前様が我が子の名を?