今宵は遣らずの雨
町家の子どもを相手にする手習所を開いた矢先に父が逝き、跡を引き継ぐと決めたがいいが、その後すぐに小夜里は窮地に陥った。
町家には、女の師匠に教えを乞いたいと思うような、男の子どもがいなかったからだ。
父がいた頃に来ていた男の子たちはみな、男の師匠の手習所へ移った。
かと云って、江戸ならともかく、こんな諸国の藩では、おなごに読み書きを学ばせようと思う親もほとんどいなかった。
そんなものを習うくらいなら、三味線や裁縫など、いざとなったら身を立てられる習い事の方がよっぽど為になると考えられていた。
そして、武家の女の凛とした佇まいは、町家では厭でも目につく。
面と向かってはなにも云わなかったが、大人たち(特に女房連中)にとっては、お高くとまったように見える小夜里のその様が、見目麗しい顔立ちと共に、鼻につくようだった。
しかし、年若い女の子たちの見る目は違った。
離縁したのち、男と変わらぬ仕事をして身を立てている小夜里の姿は、いつしか町家の娘たちに、
「こがぁな生き方もあるんじゃのう」
と思わせるようになっていた。