今宵は遣らずの雨

転機は昨年訪れた。

他郷で剣術指南役の御役目を担っていた宮内少輔に、兄の安芸広島藩主より安芸広島新田(しんでん)藩主へ就くよう下知(げじ)があったのだ。

数年ぶりの一時帰郷に、真っ先に駆けつけたのは、藩道場だった。故郷の藩士たちへの数日間だけの剣術指南役として入った。

無念だったが、まだ小夜里の(もと)へ参るのは許されなかった。


すると、めずらしく稽古の合間にもかかわらず、大きな声で論語を諳んじる者がいた。

幼かった時分の、我が面立(おもだ)ちが、そこにあった。

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