今宵は遣らずの雨

「おまえの本当(まこと)の名は鍋二郎だ。
おまえの伯父上である御前様(ごぜんさま)が、おまえが生まれたときに名付けてくださったのだぞ」

鍋二郎は頬を紅潮させた。

自分は、望まれて生まれてきた子だったのだ。

母を苦労させるためだけに生まれてきたわけではなかったのだ。


「それから、いずれおまえはおれの嫡子として、此度(こたび)立藩される安芸広島新田(しんでん)藩の二代藩主となる運命(さだめ)だ」

鍋二郎の目が、かっ、と見開かれる。


「鍋二郎、おまえの母には、おれに()うたことを告げるなよ……そのうち必ず」

懐手(ふところで)をした宮内少輔が云った。

「おまえとおまえの母を迎えに行くからな。
……そのときまでの男の約束だ」

鍋二郎は引き締まった面持(おもも)ちで、しかと肯いた。


そして、その翌年、約束は実行された。

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