今宵は遣らずの雨
◇第十四話◇
「……まさか、おれの子が自ずから論語の素読をするとはな」
宮内少輔は鍋二郎のその姿を見たとき、姿かたちは自分に似ていても、やはりこいつは小夜里の子だ、と思った。
朋輩に囲まれた藩道場でも、鍋二郎の生真面目に実直に稽古を重ねる姿が、小夜里を思い起こさせた。
「宮内少輔様の幼き折は、文机に座っておられるところなぞ、ついぞ見たことがござらんかったからな」
幼なじみの玄丞が苦笑いする。
そういえば、小太郎が特に論語に身が入らなくなり剣術に精を出すようになったのは、昨年からだった、と小夜里は思い出した。