今宵は遣らずの雨
あるとき、一人の女の子が教えを乞いに来た。
町では大店として知られていた、酒屋の娘のおりんだった。
末娘だが、上はすべて兄ばかりなので、たった一人の娘として、幼い頃からたいそう可愛がって育てられていた。
家では琴を習わせようとしているが、自分は兄たちのように読み書きを身につけたいので、どうか教えてほしいとおりんは云った。
小夜里自身も、おなごでありながら、父から兄と同じように和書ばかりでなく漢書までも教え込まれたので、おりんの気持ちはよくわかった。
だが、武家の子女として道理に合わぬことは許されない環境で育ってきた小夜里は、おりんに対して父親の許しを得てくるように告げた。
後日、おりんは「やっと許しを得られた」とうれしそうにやってきて、それから毎日通うようになった。
おりんの熱心に励む姿は、小夜里に初めて手習所の師匠としての甲斐をもたらした。