今宵は遣らずの雨
◇第一話◇
「……今はさ、まだ先生が亡くなったばっかだから、初音ちゃんも気が張ってっだろうけどさ」
借家の仕舞家のことを、大家から任されている差配の女房のおふくが、顔を曇らせ心配そうに云った。
「辛くなったときんはさ、なんでも遠慮なくお云いよ」
初音は頭を下げた。
「小母さん、ありがとね。お葬式のこととか、判んないことばかりで、お世話かけちゃったね」
「なに云ってんのさ。あんたのおっ母さんの代わりに襁褓を替えてやったのはあっしだよ」
初音が十五のときに亡くなった母親は、産後の肥立ちが悪かった。
「それから小母さん、この家のことなんだけど」
初音の目が伏しがちになる。此度、町医をしていた父親を流行り病で亡くして、急に暮らしの糧を失ったのだ。
「あぁあぁ、そのこったら心配いらないよ。
大家さんにはちゃあんと話は通してあるからさ。この界隈の人たちはみぃんな先生の世話になってんだ。初音ちゃんは遠慮会釈なくここにいていいんだかんね」
おふくが、水くさいとばかりに目の前で手を振る。