今宵は遣らずの雨

子がてきぬゆえに自ら離縁を申し出た千都世であったが、三十の声を聞く頃に初産で初音を産んだ。

しかしこれを機に、千都世はめっきりと身体(からだ)を弱くした。

床に伏せることが多くなり、何度も生死の境を彷徨(さまよ)いながら、たった一人の子である初音が十五になるまで踏ん張った。
もちろん「名医」と辺りを轟かせた玄丞の、愛しい妻のための懸命な加療によるものが大きかった。

母親を亡くしてからの初音は、自分にできる限りのことをして父親の玄丞を助けていた。身の回りの世話はもちろんのこと、薬研(やげん)でごりごりと薬を擦り潰すのは初音の仕事になった。

父母のどちらに似ていたとしても器量の良い初音には、年頃になると縁談話が降るようにきた。

しかし、ただひたすら父の手助けをしていた初音は、それらをすべて蹴散らしていてあっという間に婚期を逃し、二十七となっていた。


「……お嬢さん、ちょいとよろしいか」

表で訪いの声がした。

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