今宵は遣らずの雨
「……お嬢さ……初音さんは、これからどうするんだい」
湧玄が問うてきた。
「まだ父上が亡くなったばかりゆえ、なにも考えておりませぬ」
初音は目を伏せた。
湧玄に対しては、町家の人たちには絶対にせぬ武家の言葉で話した。一応、見習いとはいえ「医師」に対する敬意である。
だが、その物云いに、湧玄は一つため息を吐いた。
「もうちいっとばかし、砕けてくんないかな」
そして、意を決したように初音をみた。
「この先、おれは先生のように長崎へ行って、蘭方を学ぼうと思ってんだけど……」
湧玄の実家は豪農だと聞く。学問のことであれば、いくらでも思い通りにさせてくれるのだろう。
「……初音さん、一緒に来てくんないか」