今宵は遣らずの雨
「勝手なことをなされて……今頃、御屋敷では大騒ぎになってござらぬか」
夕餉は終えたという兵部少輔を座敷に通したあと、初音はお茶を供しながら尋ねた。
「今日はそれどころではないからな。だれにも気づかれぬままに出てこられて良うござった」
兵部少輔はお茶を受け取りながら、悪びれもせずに答えた。
「ご自分のお子がお生まれになるというときなのに……」
初音は呆れてしまった。
……鍋二郎さまはお子がお生まれになるのが、楽しみではないのか。
あれだけ、長いこと待たれたはずのお子なのに。
「……初音」
兵部少輔が初音をじっと見て、問うた。
「おまえは……なにゆえに嫁にいかぬのだ」