今宵は遣らずの雨

「……このおれも、見くびられたものだな」

兵部少輔は低い声でごちた。

剣術(やっとう)の腕は、先代藩主に就くまで安芸広島藩や江戸の一刀流の道場で腕を磨き「剣術の達人」として諸藩の剣術指南役をしていた父親から、幼少の頃よりみっちりと仕込まれていた。

……その腕を、この場で見せてやる。


兵部少輔は、父の形見の名刀正宗の本差を、(さや)からすらり、と引き抜いた。

部屋の隅に置かれた行燈(あんどん)の明かりが刃にあたり、凶々(まがまが)しいまでに濡れたような光を放つ。

兵部少輔は、ゆっくりと湧玄まで歩みを進めると、その鼻先へ太刀(たち)を構えた。


ようやく、事の次第を思い知ったようだ。

ごくり、という音と共に、湧玄の喉仏がぐいっと下がった。

その顔に、もはや色はなかった。


「……今生(こんじょう)の名残に、なにか云うべきことはないか」

浅野 兵部少輔、最後の温情だ。

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